クトゥルフの叫び声・・・生還者の手記
シーン1
上品な会話が潮騒のように会場を満たしていた。
例え話ではないのかもしれない、幾つもの話題が浮かび広がっても、心には残らず耳を洗うだけ。それが実に都合が良い!
俺の名はデビット・スミス、心霊研究会マーベラス・クラブのメンバーで半年間の研究旅行を終え、ここアーカム市のミスカトニック大学に研究発表会のため来ている。
研究旅行のメンバーは、リーダーで海洋研究家のマイク・デイビス、青年医師のBJ・リッパー、現役鑑識技師のロバート・ハイマン、賞金稼ぎで護衛役のビリー、出身も職業もばらばらな5人が各地の遺跡や心霊スポットを旅してその成果を発表するわけだ。
まったくもって大したものさ、学者に俳優、政治家に実業家、上流階級の方々がやれ降霊会だの、心霊現象などをありがたがっている。それにかける金の莫大なこと!読めもしない文字でかかれた魔道書や八角形の巣を作る蜂の蜜など、どんなものでも手に入れようとしやがる。おかげで俺みたいなちんけな詐欺師の研究報告でも拍手付でうけいれられる、ペンギンみたいな医者が言ってたよ、「私も君のようにすばらしい心霊体験をしたいものだよ。」ってね。
そんなひとときももう終わる、このパーティが終わればまた遠く旅立つ羽目になる、今度の旅は南太平洋だそうだ、いいねえ、熱い太陽と褐色の美女達、こんな田舎町で得体の知れない話をするよりよっぽど気が利いてるぜ。
海に出るとデイビス教授の様子がおかしくなった、食事のとき意外は部屋にこもりきりで大学で手に入れた本を読みふけっている、話し掛けてもうめくような返事しかしやしない。研究発表のときに指摘されたことがあんなにショックだったのだろうか?
シーン2
そんなある夜、夕食を終えた俺は涼みに甲板へと出た、大海原の上に輝く月を見ているとデトロイドの下町で仕事をしていたことなど嘘のようだぜ。
水音がした。魚でもはねたかと思ったがどうやらそれどころではないようだ、船の周りに何かが群れているらしい。舳先の方で声がした、ひどく上ずっている声で誰かを呼んでいる。
「デイイビスウウ、デイビススウウ。」
「誰だ!おい、ビリーか?ふざけるのは止せよ。」
「デイビスウ、迎えにきた。」
ピチャリ、ピチャリと音を立てながら、かざしたライターの明かりのなかに現れたのは魚のような顔をした怪物だった。そのときの俺はどんな顔をしていたのだろう?ラウンジに飛びこんだ俺を6つの目が見つめていた。
「デビットどうしたんだい?」
「顔色が悪いな、腹でも痛いのか?」
「そんなことはどうでもいい!!教授は?デイビス教授はどこだ?」
「教授ならあいかわらず自室で読書だけど、ほんとにだいじょうぶかい?」
心配そうに手をかけてきたロバートを邪険に払いながら俺は奥へと向かった。
「化け物が現れたんだよ!くそ!海のことなら教授が一番だ、きっと何とかしてくれる。」
「化け物?おいおいなにいってるんだ。」
そのとき扉の向こうで呼ぶ声がした
「デイイビスウウ、デイイビスウウ」
一人や二人ではない、集団での合唱だ。扉を声に合わせ叩き始め、船までもが声に合わせてゆれている様だった。
「なんだこれは!」
「言ったろ!化け物だよ!」
とうとう扉が壊され始めた、生臭いにおいが部屋の中に入り始める、閃光と銃声、ビリーが拳銃を撃ち始めたのだ、顔を出していた一匹がのけぞるように倒れる、しかしその後ろから別のやつが入り込もうとする。
「いったいどうするんだよ。」
「知るかあ、考えてるひまがあったら撃て撃て!」
ドタン!後ろで扉が開いたみんなが一斉にそちらを見る。
「教授!だいじょうぶでしたか。」
「あいつらいったいなんなんですう。」
「説明は後だみんな急いでこれを飲み給え。」
そういって教授は金色に輝く液体が入ったビンを差し出した。
「こんなときに何言ってるんです。」
「いいから早く、時間が無い。」
鬼気迫る教授の迫力に気おされながらみんながそれを飲むと、あたかもそれを待っていたように、船が沈み始めた。船室に水が入り始める、みんながパニックに陥って叫び始めた、逃げ出そうにも外には化け物があふれかえっている。
「だいじょうぶだ、信頼しろ、落ち着いて体を楽にするんだ。」
一人教授だけがすべてを知っているかのように指示を飛ばす、だが俺にはそれを聞いているほど余裕が無かった、辺りかまわず投げ散らかし出口を探してうろついてる、咽喉もとにまで迫る海水をかき分け、キッチンにはめ込まれている窓を覗くと、月明かりに照らされて巨大なものが見えた、それがなにかわからぬまま船は海のなかへと沈んでいった、ただ、それが船を海に引きずり込んだものだとゆう事だけがはっきりとわかった。
シーン3
鳴き声が聞こえる、低く深く、歌うようにざわめいている。
気がつくと砂の上に寝ていた、辺りは真っ暗で空気がねっとりとまとわりつく、違う!空気じゃない、ここは海の底だ!目の前に横倒しになった船が見える、淡い燐光が辺りを照らし同じように寝ている仲間と周りを囲んでいる魚人間を浮かび上げた。
みんなが次々と起き上がり俺と同じようにじたばたし始める、驚いたことにこの深海で呼吸ができるのだ、教授が飲ませた薬の所為かと教授を探すと教授はすでに起き上がっていて何処か遠くを眺めていた。魚人間は道を作るように左右にわかれ真っ直ぐに並び始めた。
「諸君こうなったら行けるとこまで行くしかないだろう、どの道われわれには選択肢はあまり無い。」
教授のこの言葉に拳銃をなんとかしようと悪戦苦闘していたビリーがそれを放り投げた。
「ここが地獄だってゆうのなら次に会えるのはサタンてえわけだ。」
「地獄のほうがマシかもしれん、まだ何があるのか聖書に書いてあるからな。」
奇妙な行進が始まった、魚人間に挟まれながら海底を進む5人。
「H・G・ウェルズに見せてやりたいところだな。」
「売り込んでみたらどうだ、無事に帰れたらな。」
やがて行列は巨大なアーチの所で終わっていた。
巨人が使うような大きさで、黒光りする石は剃刀も入らないほど正確に積み上げられていた。アーチをくぐっても魚人間達はついてこない。そしてその先には巨大な扉が立っていた、大きさも材質も先ほどのアーチと同じなのにそれを見た瞬間泣き出しそうになった、自分がひどく矮小で取るに足ら無いもののように感じ、今すぐ消えて無くなりたいと痛烈に感じたのだ。
慌ててそれを打ち消し、周りを見ると皆が苦悶に耐えている顔で立ち尽くしていた、唯一人教授だけがオカリナのような笛を口に当て音も無く吹いていた。
「教授一体何をやっているんです。」
「逃げ出す準備さ、このまま待っていても事態は好転しないぞ。」
「具体的に何をやっているんですかと聞いているんです!」
「あわてるな、話すよりも見たほうが早いだろうほら。」
上に指した指先を見ると何かが降りてきた、鰐のような顔、3メートルはあろうかとゆう巨体、それよりも大きい翼、また化け物か、もう限界だ、俺はその場で腰が抜けた。
「呆けているひまは無いぞ、さあ乗れ、すぐ乗れ、みんな乗れ。」
教授が信じがたいバイタリティーでみんなの尻をたたいた。
その時周りが揺らいだ、見るとあの扉が内側から開き始めたではないか!
「いかん!われは命ずる、われらをアメリカへとはこびたまえ。」
教授がそう唱えると翼の化け物はものすごい勢いで飛びあがった。そしてそれよりも早く扉の中から触手のようなものが飛び出してみんなの体をさらっていた。
「教授ー!!」
思わず振り返った俺が最後に見たものは、扉の中に引きずり込まれるビリーとロバートそして安らかな顔を浮かべる教授の姿だった。
シーン4
気がつくと俺は砂漠のど真ん中にいた。これは夢かと思ったが、隣には呆けた姿のB・J・リッパーがいて、俺達の体は海水浴でもしたかのように濡れている。
やはりあれは夢だったのだろう、そうでなければ俺はここにいるはずも無く、深遠の淵で漂っているはずなのだから。今でも耳に残る声がする「デイビス、迎えにきた。」次は誰が迎えられるのだろう、ここから、故郷へ。
ライナーノート
黒丸です。11日のコンベンションのレポートですが、話半分カットの話半分創作です。
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