「天羅万象・零」
天羅万象
時は戦国鋼の時代ここにひとつの時代があった。
零幕
周りにたちこめる硝煙の臭い、山頂付近の砦に夜明けとともに攻撃をはじめた東州轟国の軍勢は、激しい抵抗に合いながらも三日かけてようやく詰めの段階までこぎつけた、あれほど激しかった砦からの反撃も散発的になり、後は突入の合図を待つだけとなった。
山頂に掛かる緋色の橋、そう敵兵にまで歌われるほど堅牢な石垣と深い空堀守られた古き良き砦だったが、自軍の10倍もの敵兵と効果的な砲撃によって、今やその機能を失おうとしていた、怒号と悲鳴の中銃撃の音だけがまるで葬送曲のようにリズミカルに響いていた。
「おい!無明丸、集合だってよ。」
蹴りとともに声をかけた男はそのまま振返りもせずに歩き始めた、血走った目をした兵士達が駆け回る砦の中まるで散歩にでも行くような足取りで、ひょいひょいと負傷兵を避けて行く。
其の姿が角を曲がるころ、蹴られた男がようやく起きあがった、身の丈一間、痩身痩躯だがその引き締まった体は狼を思わせる。
「・・・・・」
無造作に伸ばされた髪をわしわしと掻きむしるとそばに転がっていた巨刀<八連斬甲刀>を掴み取り後を追いかけ始めた。
砦の広場で足軽大将が数十人の兵を前に説明をしていた、遅れてきた無明丸をみつけると、不機嫌に手を振り列の後ろを指差した。
肩をすくめたまま列に並ぶと、隣から脇を小突かれた
「へっへっへ、ずいぶんとのんびりじゃねえか。」
先ほど無明丸に蹴りをかました男がほくそえんでいた。
人なつっこい丸顔に右目のカラクリが異形を放っていた、機人と呼ばれる者達だ、戦場で失った四肢をカラクリに換えてまた戦場に戻る傭兵達である、彼の両腕もまたカラクリになっており本気で突けば土塀に穴を穿つことぐらい簡単にできる。
はたして、苦悶の顔を浮かべながら無明丸はなんとか声をあげずに耐えぬいた。
「ありがとうよ十馬、おかげで目が覚めたぜ。」
「どう致しまして、長い付き合いだ、おまえが遅刻するのが不憫でなあ。」
「ところでなんで集合がかかったんだ、降伏の準備か?」
「逃げの算段だってよ、イタチの最後っ屁てやつだ、砦は放棄するが少しでも多くの兵が撤兵できる様にな、ここにいるやつらで敵陣突貫だってよ、ついていないねえこんなことなら寝てりゃぁよかったな。」
「起こしたのはお前だろうが。」
「そりゃあ生き延びる為ならなんでもするさ。」
「こんな状態で助かるつもりか?」
「やり方次第さ、自信は無いがな。」
「やるなら早いとこ突っ込もうぜ、何をもたもたしているんだ。」
「それがな若様のヨロイの調節待ちらしい。」
「あの木偶の坊か!」
ヨロイとは人の倍以上の背丈を持つ鉄巨人、ヨロイ一騎で足軽一万人に匹敵すると謳われている、ヨロイの作成には多くの労力と出費がかさみなおかつ搭乗できるのは無垢な子供だけとゆう制限があるにもかかわらず、今を持ってヨロイを越える兵器は存在しない。
天羅最大の戦略兵器にして権力の象徴でも在る。
決して木偶の坊呼ばわりされるような代物ではない。
「あのヨロイが緒戦で大破してなければここまで劣勢になることはなかった。」
「そう言うなよまだ子供だぜ。」
「鈍いんだよあの若は。」
話しの最中列の一角が騒がしくなった、みると砦に唯一配備されているヨロイ「凰牙」整備用の天幕からその姿を現したのである。
「おう見て見ろよ無明丸、なかなか堂に入っているじゃねえか。」
「・・・今だけさ。」
ヨロイが列の最前に着くと足軽大将から檄が飛んだ。
「よいかあ!皆の衆、此度は砦を放棄することは残念なれど決して敗北にあらず!捲土重来する為の耐えるべき時である、一人でも多くの兵を逃す為われらはこれより敵本陣に突撃を敢行する。
国主総全さまがご子息和久さまもともに「凰牙」で打って出る、総員奮起せよ!」
地鳴りとも地響きともつかぬ鳴動が砦を包み込み、開け放たれた門から矢のごとくヨロイが飛び出して行く、それに遅れまいと騎馬が兵が怒涛のごとく敵陣へと突っ走っていった。
人の波にもまれながら無明丸は十馬と並んだ。
「やり方次第と言ってたな。」
「ああん、当てにしていたのかよ。」
馬鹿にした顔をした十馬を一発殴ってもう一度聞いた。
「お前が突貫なんてする筈が無い、策があるんだろ。」
「たいして変わりが無いぜ、針と爪楊枝くらいの差だあ。」
「いいから話せ時間が無い。」
二人が言葉を交わしている間にも敵の反撃は始まっていた、歩盾より撃ち出される銃弾が雨のごとく降り注ぐ。
土塁を乗り越え槍で突いてきた敵兵を返す刀で切り伏せた十馬は、無明丸をいざない乱戦と化した前線から脇にそれた。
「いいか無明丸どんな敵でも頭を押さえれば勝てる、古来より変わらぬ戦術だ。前線でどれだけ暴れようとも敵にとってはへでもねえ、ここから敵大将まで突っ切るぞ。」
「いいねえ十馬、いつもの調子が戻ってきたんじゃないか。」
「からかうな、戻る道は無いんだぞ。」
「やれるさ俺とお前だったらな。」
土ぼこりと血煙が充満する中を駆け出して、二人は敵本陣の旗を探し始めた。
味方を鼓舞する為、敵に対する脅しの為、名乗りをあげる為、たとえ標的になろうとも本陣の旗は下ろされるときは無い、あるとするならば負けて敵兵に引き摺り下ろされる時だ。
いくら前線を迂回しようとしても敵が素直に通してくれるはずも無く、突出した二人は格好の標的となり半ば包囲される形となった。
それでも本陣を目指す為、敵兵を無明丸に任せ十馬は周囲を索敵していた。
右目のカラクリがじりじりと不愉快な振動をあたえる、(手元が狂うから嫌なんだよなあこいつは)無明丸が捌ききれず迫ってきた敵兵をぼやきながら左手の金剛爪で突き倒す。
(む、あれか!)
気をとられて無防備になった十馬に腹を刺されながらも刀を突き立てる敵兵。
ゴシャア!
頭部から股まで断ち切られた人が左右に分かれる。
「ボーっとするなよ、死ぬ気かお前。」
地面から八連斬甲刀を引き抜きつつ、血しぶきで染まった顔を引きつらせながら無明丸が笑った。
「おおう、お前俺を殺す気か寸前だったぞ。」
「それで、見つけたのか?」
「おうよ、鹿の沢の崖っぷちにでーんと構えているぜ。」
云うと同時にその方角へと五連薬式銃を撃ち放つ、倒れ伏す兵を飛び越え八連斬甲刀が活路を開く、瞬く間に包囲を破ると二人は前線を駆け抜けた。
幾多の兵を切ったか判らぬうちに前方に陣幕と褐色地に緋色の双矢羽根の家紋が見えた、
敵本陣のはずのそこは奇妙な静けさに包まれていた。
本来なら陣内に詰めている武者達のざわめきや前線の知らせを届ける使い番でごった返しているはずだ。
「へんだなあ罠か?」
「そうだとしても止まるまい突っ込むぞ!」
「よっしゃあ!まかせたぞ無明丸!」
「日和るな、お前も来るんだよ。」
陣幕を切り開きなだれ込む二人、はたして面前には鉄砲隊が列を連ねていた。
「だから嫌だと言ったんだよ。」
天を仰いで頭を振る。
「お前の策だろう!」
敵兵を睨みつけながらその頭を叩く。
緊迫した空気をものともしない二人の前に一際豪華な陣羽織を着た武将が近寄ってきた。
その男の漂う鋭い気に応じて二人共いつでも動ける様に体の力を抜いて武器を握りなおした。
「幾たび兵を繰り出しても止まらぬ二人とはお前らか?」
「道案内が不慣れでナ、遅れてすまんな。俺達が平らげる分は残っているかい?」
「遅すぎたな、後片付けはすんだあとはお前達だけだ。」
「極上一品残ってりゃあいいさ、食い尽くしてやるよ。」
ゆったりとした動作から突如流れる様に接近し右腕に叩きつけるように八連斬甲刀を振るう。
「折れた牙で食らえると思うな!」
抜く手も見せずに抜刀した珠刀が真正面から受け止め組み合った切っ先から火花が飛び散る。
周りを囲んだ兵から「割って入れ!」「愚乱様を離させろ。」
と声が飛び殺到した。
その足元に銃弾を叩き込み足止めしながら十馬は思い出した。
「大将自らお相手かい、律儀だねえ。」
近寄ろうとする兵を押しとどめながら、
「酔狂な二人組を試したくてな、改めて名乗ろう。」
拮抗していた刀をはじき返す、勢いでたたらを踏んだ無明丸に向き直り。
「轟国遠征軍総大将瓢騎将軍、愚乱。」
両足を踏ん張り右肩から左手の先まで八連斬甲刀を乗せ、切っ先を愚乱に向ける構えを取った無明丸が吐き捨てるように、
「阿国傭兵、無明丸。」
二人のやりとりをニヤニヤ笑いながら大げさな仕草で、
「あいつ肉体労働派、俺は頭脳労働派、傭兵十馬だ。」
珠刀を持った手をだらりと下げた構えで愚乱が誘う、
「此度の砦攻めの最後の仕上げだ、二人まとめてかかって来い!」
雄たけびを上げながら突進していく無明丸そのまま勢いを刀に乗せ大上段に振り下ろす、その背後から無明丸の背を蹴り飛びあがって金剛爪を突き下ろす十馬、戦場で培われた必殺の連携だ。
愚乱は驚きもせずに下段から振り上げた珠刀を八連斬甲刀の脇に打ち当て軌道をそらし、そのまま空中にいる十馬に切り上げる。
勢いが止まらない八連斬甲刀は地面を叩きつけ土を跳ね上げた、避けきれない十馬は右腕の怨刀と金剛爪で珠刀を挟み込みなんとか貫かれるのを免れた。
バランスを崩して向き直る二人に晴眼に構えた愚乱が息も乱さず間合いを取っていた。
「やだねえこいつ人間かい?」
「おもしれえ、来た甲斐があったぜ。」
「間違えるなよ生き延びるために来たんだぞ。」
「だったら策をだせ、頭脳労働派だろ。」
「天地人、残っているのはどれかいな。」
耳に手を当てる仕草をしてから愚乱へと駆け出した、
「捨て身か?芸の無い。」
突進して来た十馬に袈裟懸けに珠刀を振り下ろす、その一瞬十馬は加速した、切り下ろすはずの珠刀は深深と肩口に当り止められ、加速した十馬はそのまま愚乱を押し進む。
「これしきのこと!」
両腕を閂に懸け外そうとする愚乱、そこに
「おおおおおおお!!!」
雄たけびを上げながら肩口から打ち当てる無明丸、勢いに乗って天幕を倒しそのまま突き進む。
どどどどどどどおどどどどどおどどどどどどおど!!
辺りを震わす滝の音が瞬く間に迫ってきた。
「むう、これが狙いか!」
身をかわそうにも両脇を挟まれ、沈めようにも立ち直るのは二人が先だろう、
「ならば。」
気配を澄まし背後を読むと愚乱は背中から倒れた、意表を突かれ二人はそのまま愚乱を踏みつけ、中空へと身を躍らせた。
「まだだあ!」
クナイを抜きつつ半身を振り返る無明丸、
「いまだあ!」
天地が逆になったまま股の間から銃口を向ける十馬、その面前に逆立ちから腕の勢いだけで跳ね上がった愚乱の両足がめり込んだ。
叫び声さえも呑まれながら二人は滝に飲み込まれていった。
岸壁から身を乗り出して愚乱は袖で顔を拭いた、
「俺に一泡吹かせるとは、十馬に無明丸か覚えておこう。」
駆け寄ってきた小姓に珠刀を預けながら、愚乱は嬉しそうな顔をした。
壱幕
やわらかな薫風が桜の花びらを運んできた、
綾名はいとおしげに掌に包むと主に微笑んだ。
「総全様、春がここまで挨拶に来られましたわ。そろそろ歌会の季節になりましたこと。」
その声を背中で聞きながら総全は机に向かったまま筆を止めずに頷くだけだった。
一瞬気落ちした顔を無理やり戻し、ことさら明るい声で
「今年は誰の歌が選ばれるでしょう?誉田様は毎年上位に入ってますし、河崎様の情感溢れる歌はすばらしいものでした、
そうそうなんと言っても山羽様!去年のあの歌は今でも思い返すと涙が出ますわ。それに十馬様もああ見えましても歌が上手ですのよ。」
そっと主人を覗うも変わらず筆が動いている。
「今年のお題目は何にしましょうか?去年が<薫>一昨年が<鳥>一昨昨年が<清>ええっとその前が?・・」
「そのときお前はまだ居らぬ。」
「お前を褒美に授かったのは轟国の城を一つ落とした時の事、代わりに砦が落とされたがな。少し仕事が続く、かまってやれぬゆえ隣に控えておれ。」
はい、と細く返答すると綾名は静かに部屋を去った。
そしてそのまま楼閣に登るとあても無く風景を眺めはじめた、この城に来て3年、いつも近侍や小姓が傍にいるため一人で考え事をするときにはここに来るのが習いになってしまった。
殿は悩んでらっしゃる、決して他人には素振りも見せぬがここ1ヶ月の塞ぎ込みはただ事ではない、主人の傍に詰め守り慰めるのが勤めとはいえいまだに満足にできた為しがない、いつも何か至らぬ事があったかと思い返している。
今度のことも悩んでいることはわかるのだがその理由がわからない。
「私はいつになったら御役に立てるのでしょう。」
いくら月日がたっても変わらない自分を自覚するのは好い気がしない、堂々巡りの思考に入り始めた綾名の目に門をくぐる女人が写った。
はて?今日は来客の予定など無かったはず。
取り次ぎの近侍がえらく丁寧に対応するのを見るとよほどの者らしい、興味をそそられた綾名はもてなしの準備をする為に楼閣を後にした。
大広間に続く回廊で殿がお付の者と来るのが見えた、急いでその後に付き従いながら声を掛けた、
「総全様、どちらからのお客様ですの?」
歩みを止め振り返った総全はいつもより厳しい顔をしていた
「和久を呼んで参れ。」
「和久様を?」
「そうだ、遅参無きようにな。」
聞きたいことはまだまだあったが「かしこまりました」
と返事をし綾名は殿を見送った。
来客との会見の席に和久様が同席したことは無い、次男だというせいもあるが殿は和久様を遠ざけている。
それが3年前の戦の所為だとゆうことまではわかるがそれならばなぜ今日に限って和久様を呼び出すのだろう?
漠然とした不安を抱えたまま和久の部屋に着いた綾名は胸の内を悟られぬ様表情を作った。
「和久様 綾名です、総全様が大広間にお呼びです、お迎えに上がりました。」
襖の奥からおとなしい声がした
「綾名かい?どうぞ御入り。」
「失礼します。」
部屋に入った綾名の前には床いっぱいに広げた和紙に色とりどりの絵を書いている最中の和久がいた。
「ごめん手が離せなくて、もう少しまって。」
梅の花にとまる鶯に少しずつ筆を足す。
真剣なその横顔を見ながらここ数日和久がこの絵に掛かりっきりなことを思い出す。
限の良い所で筆を置いて和久が向き直った。
「父上が呼んでいるって?」
「はい、お客様がいらっしゃいまして和久様も同席させると。」
「お客様!?いったいどちらから?僕が何故?」
「さあ?それはわかりません、けれども大切なお客様のようですから失礼が無いようにお召し変えをなさったほうがよろしいでしょう。」
次の間から侍女を呼ぶと手際よく着替えをしはじめる。
「父上が僕を呼ぶなんて久しぶりだね。」
「領地の視察や鷹狩なんていつも行けるのは兄上ばかりなのに。」
「お客様ってどんな人なんだろう、綾名は見なかったの?」
少し興奮気味に話す和久をほほえましく思いつつ手を止めずに答える
「ええ見ました、あいにく遠くからでしたが女性の方でしたよ。」
「ええっ!お客様って女性なんですか?」
「そんなに驚くほどのことではないでしょう、それにすぐお会いになるのですからどんな方かはわかりますよ、はい準備ができましたそれでは参りましょう和久様。」
興奮と緊張のためか顔を紅潮させた和久を促しながら二人は大広間へと向かった。
ライナーノーツ
黒丸です。
一応零幕終わりとゆうことで、
この先現代の一幕がはじまります。
長い、終われるのかこれ、気長に書くよ。